「有楽町で逢いましょう」記念日
流行歌・コラム

「有楽町で逢いましょう」記念日

 67年前の1957(昭和32)年の5月25日、東京・有楽町に『そごう東京店(のち:有楽町そごう)』がオープンした。大阪の老舗百貨店『そごう』が東京に初進出、記念すべき第一号店舗である。オープンに際しては“有楽町で逢いましょう”というキャッチ・コピーのもと、大々的なキャンペーンが繰り広げられた。

 そのキャッチ・コピーを聞いた作詞家・佐伯孝夫は即座にひらめき、“都会派”という新しい歌謡曲の土台を築きつつあった作曲家・吉田 正と組んで誕生した楽曲が「有楽町で逢いましょう」である。 吉 田は歌い手としてフランク永井を指名し吹き込まれ、1957(昭和32)年11月にレコード発売された。 B面曲は藤本二三代が歌った「夢みる乙女」。発売するや否や、テレビ番組、連載小説、映画といったメディア・ミックスが展開され、楽曲はたちまち話題の的となり大ヒット。フランク永井は一躍スター歌手の仲間入りをした。また 吉 田 正の都会派歌謡が、流行歌の世界に確固たる地位を築いた記念碑的作品でもある。そしてもちろん、佐伯孝夫のプロデューサーとしての優れた才幹も見逃すことはできない。ちなみに、AB面曲とも映画「有楽町で逢いましょう」(大映)の主題歌で、フランク永井、藤本二三代とも映画にも出演している。

 フランク永井は当時、有楽町のまさにイメージ・キャラクターであったといえるかも知れない。「有楽町で逢いましょう」の翌年1958(昭和33)年4月には、東京の地下鉄・丸ノ内線『西銀座駅』の開業時に発表された「西銀座駅前」を発表し大ヒット、同名映画(日活)にも出演、そして、同年9月にはやはり有楽町にオープンした『有楽フードセンター』を舞台にした映画『有楽町0番地』(松竹)の主題歌も歌った。楽曲はいずれも佐伯孝夫-田 正コンビの手によるものである。

 フランク永井は当時、有楽町のまさにイメージ・キャラクターであったといえるかも知れない。「有楽町で逢いましょう」の翌年1958(昭和33)年4月には、東京の地下鉄・丸ノ内線『西銀座駅』の開業時に発表された「西銀座駅前」を発表し大ヒット、同名映画(日活)にも出演、そして、同年9月にはやはり有楽町にオープンした『有楽フードセンター』を舞台にした映画『有楽町0番地』(松竹)の主題歌も歌った。楽曲はいずれも作詞:佐伯孝夫、作曲: 吉 田 正コンビの手によるものである。

 2008(平成20)年、有楽町マリオン前に「有楽町で逢いましょう」の歌碑が建碑された。同曲の大ヒットから50年を記念したものである。『そごう』が大成功したことにより、それまで銀座の影に隠れていた有楽町が、一躍全国区の知名度と人気を獲得した。一曲の流行歌が、ひとつの街の発展に大きく寄与することになるとは、当時誰が予想したであろうか。ほんとに昭和という時代は面白い。

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