「日本の流行歌スターたち」躍動する名歌手の息吹
2018年は平成最後の年だった。日本におけるレコード産業90年の年である。新しい年には年号が令和に移り変わることも決まっていた。それを機にレコード産業のトップを切ったビクターで活躍した歌手たちの全曲集を作ろうという話になった。
レコード産業のスタートの歌手である藤原義江、佐藤千夜子をはじめ、昭和を彩ったビクターの歌手たちだが、実はこれまでこうした全曲集にビクターはどちらかといえば二の足を踏んでいた。いや、渡辺はま子、市丸、灰田勝彦、小畑実らや三浦洸一、鶴田浩二、フランク永井など歌謡史に残る大物歌手たちのものは何作も発売はされていたが、どうもそれ以外の歌手にスポットを当てることはあまりなかったのだ。
今シリーズも無難にフランク永井、松尾和子から発売をスタートさせたが、同時に1回目のラインナップとして初めての全曲集CDとなる藤本二三代、神楽坂浮子らを加えてみた。するとそれがすこぶる評判が良かったのだ。2ヶ月後には新たに8タイトルを同時リリース。昭和初期の徳山 璉や前出の藤本二三代の母である芸者歌手第一号の藤本二三吉などのほかに、久慈あさみ、轟 夕起子、さらに乙羽信子ら女優としてのイメージが強いものの初期の『紅白歌合戦』などに出場した経験を持つ歌手たちの全曲集も発売されると評判となった。同じく初期の『紅白』から出ていた服部富子や宇都美 清らの初全曲集が発売される頃には、「はじめての全曲集、聴いたこともない歌に感動した」「次は○○の発売を希望」といった、今まで全曲集が発売されていなかった歌手へのリクエストも増加し始めたのだ。こうなったらビクターに功績があった歌手たちを出来るだけ網羅して発売していこうではないか…と、制作ディレクターの工藤さんと話しの花を咲かせた。
私の監修選曲のコンセプトは、それぞれの歌手を代表する耳なじんだ曲はもちろんだが、それまでアルバム発売がされている歌手は、できるだけ収録楽曲がかぶらないようにする。初全曲集という歌手には、その歌手の魅力を最大限に引き出せるようにと選曲はもちろん、今の時代にも“生きている歌手”として再確認できるように一枚のCDをステージでのコンサート、ワンマンショーに見立てて構成を立て、曲目を並べることにした。
私が現在舞台やテレビ、ラジオで構成演出するのと同じ観点で、その名歌手たちをステージに立たせようと思ったのだ。ここから数曲はリズム歌謡だったら、ここからは歌で旅してみるコーナー、ここで衣装替えをしてもらい今度は花の歌を集めてみようか? お次は白や赤などの色がタイトルの入っている歌のパレードだ。私の頭の中でその歌手たちは美しい音とともに鮮やかに甦る。呼吸をしながら歌っている。中には43弾目で発売された日本橋きみ栄のように、ライブ音源をそのまま復刻して、彼女の喋り口を聞けるような工夫もしてみた。きっと皆さんも、一曲しか知らなかった歌手が、名前だけ聞いたことがあるという歌手が、各々のステージ上で躍動していることに気づいてくれることだろう。
クラシック、オペラの歌手も出てくれば、民謡や俗曲を得意としている歌手もいる。そんな歌手たちを甦らせるうちに、まもなく全50作に届く大シリーズとなった。実際、先に挙げた渡辺はま子や灰田勝彦らはまだ登場前である。鶴田浩二も森繁久彌もこのシリーズでは発売されていない。そうなれば波岡惣一郎、二村定一ら昭和初期からビクターを支えたあの歌手もこの歌手もまだ甦らせていないことになる。売り上げがよかったフランク永井や藤本二三代はすでに第2弾目が発売されたが、まだまだCD化されていない歌をたくさん持つ第2弾目の発売歌手も控えている。さらに現在発売されている45作の中で、2021年秋現在でお元気なのは90歳を超えた三浦洸一(第31弾)と曽根史朗(第32弾)だけである。この二人は私が理事長をつとめる日本歌手協会から2021年に「功労賞」を受賞しているが、と、いうことは現会長の田辺靖雄はじめ、「バナナ・ボート」の浜村美智子、松平直樹がメインヴォーカルのマヒナスターズ、佐川ミツオ(現満男)、多摩幸子、渡辺マリ、さらに三田 明や三沢あけみといった昭和30年代から活躍のベテランたちの登場も待ち遠しいということになる。これではまだまだこのシリーズを終わらせられないのである。
コロナ渦で家にいる機会が増え、「あの時代の歌を聴きたい」「懐かしい時代のよき歌たち」を聴きたい」とおっしゃっているお客さんがいることは確かではあるのだが、なんと!購買の層を調べるとこの歌手たちが活躍した時期には生まれていない世代、さらに昭和時代を知らない若い人々が、ブームの「昭和歌謡」のうねりとともにこのシリーズを購入、はじめて聞く歌たちに拍手を送ってくれているのである。歌というものは聞く機会がなくなることで忘れ去られてゆく。その時代にいくらヒットしても、その後何年かのうちに消えてゆく歌は多い。それは歌手であってもそうである。私はそれらを日本の文化として次の世代にもつなげてゆきたいのである。だからこそこのシリーズが人気であることがうれしくて誇らしいのである。
監修解説・合田道人