飯島真理 40th Anniversary 『All Time Best Album』
飯島真理がデビューして40周年を迎えた。2023年のアニバーサリー・イヤーにはリリースやライヴが相次ぎ、彼女にとってもファンにとっても特別な一年だったはずだ。この一連の流れで新たなリスナーへもアプローチし、さらには80年代諸作品がシティポップの文脈でも高く再評価されている。ここでは彼女の唯一無二の個性がどのように育まれ、そして花開いていったのかをおさらいしてみたい。
幼少時からピアノを習っていた飯島真理は、松任谷由実と石川セリの音楽に出会い、小学生の頃から次第に自身でも曲作りを行うようになる。本格的にクラシックを学ぶ傍らオリジナル曲もどんどん増えていき、レコード会社のオーディションやデモテープ募集への応募を重ねていくうちに、ビクターから声がかかった。そして、デビューに向けて着々と準備が進められるのである。
しかし、たまたま声がかかったオーディションを受けたことが、彼女のその後の運命を大きく変える。それが、1982年10月に始まったテレビアニメ『超時空要塞マクロス』だ。このなかで飯島真理は歌姫リン・ミンメイ役を演じ、劇中歌まで担当することで、いわゆるバーチャル・アイドルの先駆けのような立ち位置となるのだ。1984年に発表した映画版の主題歌でもあるシングル「愛・おぼえていますか」はスマッシュヒットを記録した。
ただ、彼女の本領はやはりシンガー・ソングライターとしての実力であることは間違いない。1983年にアルバム『Rosé』で、堂々たるシンガー・ソングライターとしてのデビューを飾ったのである。『Rosé』が特別だったのは、デビュー作だったというだけではない。彼女自身の希望で坂本龍一にプロデュースを依頼。大村憲司、後藤次利、林立夫といった当時の最高峰ともいえるセッション・ミュージシャンが多数集結。ほのかにテクノポップ感のあるキュートで初々しいポップスを披露している。「Blueberry Jam」、「きっと言える」、「ガラスのこびん」などの初期代表曲が詰まった傑作だ。
続くセカンド・アルバム『blanche』(1984年)は、これまたベテランの吉田美奈子がプロデュースを手掛けた。前作に比べると少し内省的な印象があり、落ち着いた作品といってもいいだろう。少しダークな「Marcy Deerfield」、グルーヴィーな「シグナル」、物哀しいバラード「Melody」など名曲が多数収められている。ただ、本作は準備期間が短く、アルバム全曲分の楽曲を書き終えていなかったこともあって悩み苦しんだという。そういった背景からも、彼女の“陰”の部分を感じられる作品でもある。
先述の「愛・おぼえていますか」とテレビのタイアップでスマッシュヒットした「1グラムの幸福」を経た3作目の『midori』(1985年)は、初期の代表作と言われることも多いポップな傑作だ。サウンド・プロデュースに清水信之を迎え、これまで以上にカラフルで高密度の作品を作り上げた。全2作では坂本龍一、吉田美奈子という大御所に導かれながら制作したが、ここでは自らの意見も大きく反映し、より飯島真理自身の個性を押し出すことに成功したと言える。きらびやかな「ひとりぼっちが好き」やミディアム・メロウの「恋はきままに」などメロディはもちろん、歌詞においても成長を感じられ、トータル的にも完成度が非常に高い。
『midori』の手応えがあったためか、畳みかけるように発表した4作目の『KIMONO STEREO』(1985年)は、ちょうどブリティッシュ・ロックにはまっていたということもあってロンドン・レコーディングを敢行。3人のアレンジャーを立てて現地のミュージシャンと楽曲を作り上げていったが、この体験が後の海外での活動に繋がっていると思うと非常に興味深い。なんといっても人気曲「セシールの雨傘」における愁いのある世界観が素晴らしいが、全体的にポップで少し大人びた佳曲が揃う。ユニークなのが2ヴァージョン収められている「3つのルール」だ。これはディレクターが間違って2人のアレンジャーに発注してしまったためだが、まったく違うアレンジに仕上がっており、結果的にソングライターとしての懐の深さを実感させられる楽曲になった。
このように充実した4作品を残したビクター期ではあるが、諸事情により移籍の話が浮上。山下達郎が設立したムーン(ワーナー)に誘われ、1987年に移籍第一弾アルバム『Coquettish Blue』を制作。実は達郎プロデュースの予定で進んでいたというが、悩みに悩んで断り、セルフ・プロデュースで作り上げた。メロウで美しい「ガイ・ベネットの肖像」などを収めた本作は、昨今シティポップの傑作としても高く評価されている。そして、このムーン時代から積極的に海外レコーディングを行うようになり、ついには海外移住、結婚、出産とプライベートでも大きな変化をもたらすのである。
90年代には、TOTOのメンバーを始め様々なミュージシャンとの人脈を構築し、その後1999年以降は自主制作の道を選び、現在まで米国を拠点に精力的に多数の作品を発表し続けている。2023年にはデビュー40周年を記念して制作したユニークな選曲のカヴァー・アルバム『FOR LOVERS ONLY Ⅱ』で健在ぶりを見せ付け、来日凱旋ツアーも好評のうちに終えた。
さらに、2023年にはもうひとつ40周年ならではのスペシャルがあった。それが、『All Time Best Album』である。CD3枚組、全53曲というボリュームのベスト・アルバムだ。ビクター、ムーン、そして自身のレーベルとすべての時代からまんべんなくセレクトされており、彼女の40年に渡る音楽遍歴をたっぷりと堪能できる。単なるベスト盤ではなく、コンセプチュアルなコンピレーションになっているのも特徴だ。Disc1が「Her(彼女)」、Disc2が「Him(彼)」、Disc3が「Us(私たち)」というテーマになっており、個々の歌詞の世界観に基づいて飯島真理自身がまるでDJをするかのようにセレクトし、巧妙に並べられているのだ。年代順ではなく、時間軸を自由に縦断する意外な曲の並びによって、ハッとさせられたり、思わず聴き入ったりと、コアなファンでも十分に楽しめるだろう。しかも、Deluxe Editionには貴重なライヴやビデオクリップの映像を収めたDVDも付随しており、視覚的にも彼女の音楽遍歴を追うことができる。飯島真理の音楽に浸るには、これ以上最適な作品はないかもしれないと言っていいくらいだ。
デビューからの40年をいったん総括した飯島真理だが、まだまだ音楽家としては途上だという。日本でもライヴが好評で楽しかったため、またこういったライヴを計画したいという話も聞いており、さらにはオリジナル・アルバムも粛々と準備中だという。デビュー40周年を迎え、シンガー・ソングライターとして更なる発展を期待したい。
(ライター栗本斉)