Spotify公式プレイリスト”Christmas Cocktail Jazz”に唯一ピックアップされた日本人バンド Kazumi Tateishi Trioの魅力 大伴公一
アーティスト・コラム

Spotify公式プレイリスト”Christmas Cocktail Jazz”に唯一ピックアップされた日本人バンド Kazumi Tateishi Trioの魅力 大伴公一

日々の喧騒を引きずりながら季節は足早に移ろい、木枯らしが吹く頃になってようやく、もう今年も残すところあとわずか……という郷愁に駆られる。年末にかけてメディアは特別番組で埋め尽くされ、祝祭ムードが松の内まで続くのも日本ならではの風物詩だ。

一生懸命に走り続けているとついつい忘れがちだけれど、そんなせわしない日々の中にあってもクリスマスだけは宝石のような輝きを放っている。

ブッシュ・ド・ノエルとシャンパンを予約して……なんて盛り上がりはとっくに卒業した方も、すこし思い出してほしい。楽しい時間はどこで、誰と一緒に過ごしただろう。そしてその夜はどんな香りに包まれ、どんな音楽が流れていただろう。

音楽には、その時代にフィットした楽しみ方がある。CDが普及するよりも以前は、ドライブに合わせてオリジナルのカセットを作ったり、最新曲をジュークボックスで聴いていた人もいるだろう。心象風景を彩った音楽には記憶を呼び覚ますスイッチのような機能が備わっていて、一音に触れただけでえも言われぬ情感を伴うこともある。

レコード、カセット、CDなど音楽を取り巻くメディアは時代によって変遷してきたが、最近の流行といえばサブスクリプション・サービスを利用したザッピング・スタイル。通称「サブスク」は、固定の料金を支払えば自分の好きなファイルにいつでもアクセスできるというもの。現在では映像や書籍を筆頭に、さまざまなサービスに波及しているビジネス・モデルだ。音楽ではApple MusicやSpotifyが有名で、月々1000円ほどで数千万曲が聴き放題になる。名盤をじっくり聴き返すのも、未知の音にアクセスするのもクリックひとつというのだから、音楽好きにはたまらない時代になった。

そんなサブスクは、クリスマス・シーズンにもいい仕事をしてくれる。例えばこんなプレイリスト。

これはクリスマスにぴったりのジャズ・ナンバーを集めたもので、再生すればすぐに耳馴染みのあるメロディが流れてくる。ジョー・パス(g)の「クリスマス・ツリー」、ビル・エヴァンス(p)の「サンタが街にやってくる」を筆頭にハズレのない選曲が並ぶ一方、エラ・フィッツジェラルドやメル・トーメなどいわゆる“おなじみ”の演奏者はあまり見当たらない。あくまで「カクテル・ジャズ」、つまり会話を邪魔することのないプレイが選ばれているようだ。どの曲も聴き入ってしまって、BGMにしておくにはもったいないのだけど……。ともあれ、これさえ押さえておけばクリスマス・ムードを演出するのに失敗はない。

Spotifyがセレクトしたこのプレイリストに、日本人でただ1曲だけピックアップされているのがKazumi Tateishi Trio。彼らがトリオで奏でる「Jolly Old Saint Nicholas」は、現在までに全世界で400万回以上の再生を記録しているというのだから驚かされる。同作の初出は2015年のアルバム『Christmas meets Jazz』。現在CDで入手しようとしても難しいが、そんな貴重な演奏に世界中からアクセスすることができるのもサブスクの魅力のひとつだ。

Kaziumi Tateishi Trioは2010年に『GHIBLI meets JAZZ~Beautiful Songs~』でデビュー。「ジャズ=難解」とされがちな昨今にあって、「ジブリ映画の名シーンを飾った音楽をジャズで聴かせる」というスタイルが子供から大人まで幅広い層に受け入れられた。2021年には初のベスト・アルバムを発表するなど、これまでに国内外のリスナーから愛聴されてきた。しかし、日本でも星の数ほどあるクリスマスの名演の中で、なぜ立石のクリスマス曲がフックされたのか。

GHIBLI meets JAZZ ~Beautiful Songs~

ジャズという音楽は、演奏する者の心が丸見えになる音楽だ。演奏を聴けば、奏者が充足した日常を歩んでいるのか、焦燥感に駆られているのか、苦しいのか、楽しいかが聴き手にも伝わってしまう。ここでの立石のプレイは、ピアノのタッチからも、アレンジからも慈しみに満ちた、優しい人であることがうかがえる。彼の演奏をセレクトしたのも、虚飾のないプレイに惹かれたからだろう。なにより聴くだけで心あたたまる演奏は、クリスマス・シーズンにぴったりじゃないか。

インターネットやそれを取り巻く環境によって生活スタイルは変化し、音楽の聴かれ方も多様化した。けれどそれは、音楽そのものの魅力が薄れたという意味では決してない。メディアがLPでもMP3でも演奏の本質は変わらないし、50年前の演奏が世界中の人の心を震わせることだってできる。立石トリオの反響を見るに、現代の方が多くの好機に満ちているともいえるのではないか。そしてまた12cm四方のジャケットは、手にとればやはりぬくもりを感じるもの。サブスクでその音に心奪われたら、CDを手元に置いておいておく喜びも味わってほしい

さあ、今年のクリスマスはどこで過ごそう。静かなレストランを予約して、ゆっくりグラスを傾けるのも悪くない。せわしない日常から逃れ、ふたりきりで過ごす久しぶりの夜は何気ない会話だって楽しいだろう。目の前には、にこやかに笑う貴方。年齢を重ねるのも意外と悪いことばかりではない——そう思える特別な夜に、音楽で素敵な彩りを。

■Kazumi Tateoshi Trio(立石一海トリオ) プロフィール

舞台・テレビドラマ・CM・映画など多方面で活躍中のピアニスト/作編曲家:立石一海を中心に、ベーシスト:佐藤忍、ドラマー:鈴木麻緒の3人によって結成されたジャズ・ピアノ・トリオ。スタジオジブリ作品の音楽をとりあげた「GHIBLI meets JAZZ ~Beautiful Songs~」(2010年)がAmazonジャズチャート1位を獲得し、異例のロングセールスを記録。各メディアから注目を集める。海外での活動も精力的に行い、とりわけ韓国では大人気グループとして、2019年まで9年連続の韓国ツアーを敢行している。2020年にデビュー10周年を迎えた。2021年の今年、“10週年プラスワン”と銘打って、コロナ禍で活動が制限された2020年分も含めて改めてアニバーサリーな活動を行う。

【筆者プロフィール】

大伴公一(おおとも・こういち)

立命館大学を卒業後、音楽専門誌ジャズライフの編集を経てブルーノート・ジャパン/モーション・ブルー・ヨコハマに勤務。2018年にはモントルー・ジャズ・フェスティバル・ジャパンのプロデューサーに就任。現在は文筆業の傍ら、ジャズ番組のナビゲーターや横濱ジャズプロムナードのプログラムディレクターも務めている。ミュージックソムリエ。愛猫家。