映画が公開の今、改めて聴くビートたけしの「浅草キッド」
アーティスト・コラム

映画が公開の今、改めて聴くビートたけしの「浅草キッド」

話題のNetflix映画『浅草キッド』が、12月9日に配信スタート。映画の原作であるビートたけしの自伝小説『浅草キッド』が発表されたのは1988年だが、ここで紹介するビートたけしの名曲「浅草キッド」が生まれたのは、それより以前のこと。

楽曲の誕生にはこんなエピソードがある。

高倉健主演映画『夜叉』(1985年8月公開)の福井ロケにビートたけしが参加する際に、たけし軍団のグレート義太夫に曲を作るからと同行を求めた。現地のホテルで鼻歌を歌いながら歌詞を書き、歌われるメロディーにグレート義太夫がコードをつけて、曲の構成を相談しながら作っていった。ただ、この時、グレート義太夫はテープレコーダーの持参を忘れてしまっていたため、楽譜に書いて、帰京後すぐにデモテープを作って、ディレクターに託したという。(ウェブサイト「Tune Gate.me」における2017年のグレート義太夫インタビューを参照 https://tunegate.me/P20170929011

『夜叉』のロケが行われたのは、1984年12月24日から1985年2月1日までだったそうのなので、ビートたけしとグレート義太夫の楽曲作りはこの期間内のどこかで行われたことになる。

レコーディングに際しては、1974年にシンガーソングライターとしてレコードデビュー後、作曲家、ギタリストとしても活躍する吉川忠英がアレンジを施し、オケのギターも自ら奏でて完成した。

作詞、作曲時点から2年近くが経過した1986年8月15日発売のアルバム『浅草キッド』のタイトルチューンとして発表された。

このアルバム『浅草キッド』は、タイトル周りや帯のキャッチコピーにベストという記載が無く、また、ジャケットがセピアカラーの古き時代の浅草の写真が全面に使われているコンセプチュアルなデザインだからか、オリジナル・アルバムとしてとらえられることが少なくない。しかし、実質的には1985年以降に発売されたシングルを中心にしたベストアルバムである。「浅草キッド」は、その終曲の位置に収められた。

当時のビートたけしの音楽活動を俯瞰してわかりやすく把握するため、アルバム『浅草キッド』に収録の全12曲を楽曲のオリジナル・リリース順に並べ替えて示してみたい。

ポケットから堕ちた夜(1984年10月21日発売/アルバム『A.M.3:25』の収録曲)

哀しい気分でジョーク(1985年2月21日発売/シングル)

捨てきれなくて(「哀しい気分でジョーク」のB面)

ポツンと1人きり(1986年2月5日発売/シングル)

見る前に躍べ(「ポツンと1人きり」のB面)

I’ll be back again…いつかは(1986年4月21日発売/シングル)

I FEEL LUCKY(1986年5月21日発売/シングル)

宵闇スターダスト ON THE BEACH/(「I FEEL LUCKY」のB面)

ロンリーボーイ・ロンリーガール(1986年8月15日発売/シングル)

四谷三丁目(「ロンリーボーイ・ロンリーガール」のB面)

浅草キッド(本アルバムの新曲)

I’ll Be Back Again…いつかは(「TAKESHI & TAKA」名義による新音源)

ここで再発見できることは、「哀しい気分でジョーク」と「ポツンと1人きり」の2作のシングルの間に約1年間の長いインターバルがあり(この間にライブ・アルバム『野戦病院~ビートたけし&たけし軍団ライブ』があるがシングルは無し)、その後は立て続けにシングルがリリースされたことである。その中には、日本テレビ系の人気番組『天才・たけしの元気が出るテレビ!!』から生まれた松方弘樹とのユニット「TAKESHII & HIROKI」名義でのシングルで、チャート最高8位を記録した歌手・ビートたけし最大のヒット曲「I’ll Be Back Again…いつかは」も含まれている。

1981年にツービートとしてレコードデビュー、翌年にソロシンガーとしてもデビューして以来、ビートたけしの新作レコードが最も量産された時期といっても良いだろう。アルバム『浅草キッド』は、この期間の集大成的なポジションにある作品と言えよう。

「浅草キッド」という楽曲がシングルではなく、アルバム内の1曲だったにも関わらず、認知度が広がっていった要因は、ラジオ番組『ビートたけしのオールナイトニッポン』(ニッポン放送)のエンディング曲として使われたり、その後も90年代深夜のテレビ番組『北野ファンクラブ』(フジテレビ系)におけるスタジオ・ライブでの歌唱やエンディング曲での使用など、ビートたけしの出演番組で多く聞かれたこともあるだろう。

浅草での芸人修業のエピソードを歌った内容に、多くのお笑い芸人が共感しただけでなく、この曲を愛する様々なアーティストがカヴァーしたほか、映画『火花』(2017年)では、菅田将暉×桐谷健太がカヴァーしたものが主題歌になっている。

ビートたけしのテレビ歌唱で記憶に新しい名場面が二つある。2017年10月に放送のTBS系『ぴったんこカン・カン』。収録のロケで訪れた焼き鳥屋で、映画監督・北野武作品の常連的俳優でもある大杉漣が奏でるギターとハーモニカとの共演で歌った。そして、新たな感動を受けた人々が多くいたであろう2019年末の『NHK紅白歌合戦』である。

発表から35年が経過した今も愛され続けいる名曲「浅草キッド」。

芸人あるいは芸人志望ではなくても、それぞれの人生の中で挫折経験がある人、挫折感を抱えている人の心にそっと寄り添い、癒してくれるような楽曲でもあるのだ。

CDでは現在、初出アルバムを復刻した『<定番コレクション>浅草キッド』(1994年発売)や、シングルA面全曲以外のボーナストラック部分を筆者が選曲させていただいた『ゴールデン☆ベスト シングルA面コレクション』(2015年発売)などが発売中(収録内容の選曲・構成と封入ブックレットの解説も書かせて頂いた2009年発売の2枚組CD『ゴールデン☆ベスト~ビクター・シングルス&アルバム・セレクション~』も店頭在庫僅少ながら発売中)。

Text: 高島幹雄

ビートたけし作品→https://miqqe.jp/item/vicl-70180/