宮崎美子 アルバム『スティル・メロウ』の聴きどころ
「いまもピカピカに光っている!」
本盤を聴けば、きっとそう感じてもらえることだろう。作品に対しても、歌い手に対しても――。
近年は女優としてだけでなく、芸能界きっての知性派として、クイズ番組でも大活躍の宮崎美子が歌手としてデビューしたのは1981年。ミノルタのCM(曲:斉藤哲夫「いまのキミはピカピカに光って」)に出演して社会現象を巻き起こし、TBS系ドラマ『元気です!』に主演した翌年のことだった。以後、87年までにシングル4作、オリジナルアルバム3作を発表。錚々たる作家陣と一流ミュージシャンによって制作された楽曲群は、いずれもシティポップの傑作として音楽ファンから高い評価を受けた。
平成以降は俳優やタレントとしての活動が中心となっていったが、歌手デビュー40周年を迎えた2021年、その歌声が本格的に復活した。まず公式YouTubeチャンネル「よしよし。」で、四季折々の“歌のカレンダー”として、童謡や唱歌を歌唱。3月に「早春譜」、6月に「みかんの花咲く丘」、8月に「ふるさと」の動画を公開し、往時と変わらぬ清らかなボーカルを披露する。
9月15日には34年ぶりの新曲「ビオラ」(作詞:宮崎美子、作曲・編曲:佐藤良成)を配信リリース。本人が作詞を手がけたこともあり、聴く者の背中をそっと押してくれるような世界観は宮崎のイメージそのものだ。本人は「“ビオラ”というお題はプロデューサーさんからいただきました。そこにあることで和ませたり、目立たないけど必要というビオラの花や楽器のような存在が大切だという想いを歌詞に込めてみました。この歌を聴いた皆さんに、少しでも元気になってもらえたら嬉しいです」とコメント。作曲・編曲はハンバートハンバートの佐藤良成が担当し、聴き手を癒すミディアムバラードが誕生した。
そして――。9月29日には歌手デビュー40周年を記念したアルバム『スティル・メロウ ~40thアニバーサリー・アーカイブス』が通常盤(2CD)と、生産限定盤(3CD+DVD+BOOK)の2形態でリリースされた。ここからはその内容を紹介したい。
まずCD2枚組の通常盤は、高音質SHM-CD仕様。宮崎がビクター時代(1981~83年)に発表した全作品を最新のリマスタリング音源で網羅している。
Disc1は、スマッシュヒットを記録したデビュー曲「NO RETURN」(81年/作詞:八神純子・阿里そのみ、作曲:八神純子、編曲:船山基紀)を筆頭に、スパニッシュテイストの「わたしの気分はサングリア」(作詞:安井かずみ、作曲:加藤和彦、編曲:井上鑑)、本人出演の花王リーゼCMソング「黒髪メイド・イン・Love」(作詞:橋本淳、作曲:筒美京平、編曲:戸塚修)など、シングルAB面6曲とそのカラオケ音源を収録。さらに名盤の呼び声高い1stアルバム『メロウ』(81年)の楽曲も収められている。
その『メロウ』は、当時、アルバム『昨晩お会いしましょう』を制作中だったユーミンから「自分のアルバムに入れる曲ですけど、宮崎さんに合うと思う。よろしければ同時期に発売しても構いません」と推薦された「夕闇をひとり」(作詞・作曲:松任谷由実、編曲:新川博)をはじめ、「今は平気よ」(作詞:矢野顕子、作曲・編曲:坂本龍一)、「嫌いですか」(作詞:喜多条忠、作曲:吉田拓郎、編曲:鈴木茂)、「明日は痛くない」(作詞:糸井重里、作曲・編曲:鈴木慶一)、「ワイルド・ハネムーン」(作詞:来生えつこ、作曲:南佳孝、編曲:後藤次利)など、今も一線で活躍する作家からの提供曲に加え、ユーミンの「ためらい」、渡辺真知子の「オルゴールの恋唄」のカバー・ヴァージョンで構成。フォーク、ロック、ニューウェイブなどが混在していた当時の音楽シーンを代表するソングライターの起用で、宮崎の澄んだハイトーンボイスを生かしたポップなアルバムに仕上がっている。
そしてDisc2には、2ndアルバム『わたしの気分はサングリア』(82年)と3rdアルバム『美子』(83年)の収録曲をコンパイル(シングル曲は除く)。前者は加藤和彦・安井かずみ夫妻、大貫妙子らが複数作品を提供し、宮崎自身も作詞・作曲に挑戦した意欲作、後者は林哲司、桑田佳祐、谷山浩子、井上堯之、後藤次利、三浦徳子など、多彩なライター陣が参加したアダルトテイストなアルバムである。
こちらのディスクではサザンオールスターズのカバー曲「そんなヒロシに騙されて」(作詞・作曲:桑田佳祐、編曲:井上堯之)以外はすべて女性が作詞を担当。曲調はバラエティに富みながらも、詞世界は同性の視点による女性の色気や、大人への成長を窺わせる作品が多数を占める。なお、演奏陣には松原正樹、今剛、大村憲司、芳野藤丸、吉川忠英、高水健司、後藤次利、青山純、村上秀一、島村英二、井上鑑、新川博、清水信之、浜口茂外也、ジェイク・H・コンセプションなど、超一流のミュージシャンがクレジットされている。
一方、生産限定盤には上記のCD2枚に加え、スペシャルCDとスペシャルDVD、ブックレットが付属。その充実した内容も紹介しておこう。
まずスペシャルCDには先行配信の新曲「ビオラ」と新録音の「きもち」(作詞・作曲:佐藤良成、編曲:向江陽子/大竹しのぶが2017年に発表したアルバム曲のカバー)、さらに近田春夫プロデュースで87年にシングル発売された2曲(「だからDESIRE」「タカラ本みりん」)を収録。この2曲は宮崎がラップに挑戦した異色の楽曲で、自身が出演したCMがきっかけで企画化されたもの。長らく復刻が待ち望まれていた貴重な音源が、今回初めてCD化されることになった。
そしてスペシャルDVDには、「ビオラ」メイキング映像のフルバージョンと、公式YouTubeチャンネル「よしよし。」で公開中の3曲(「早春賦」「みかんの花咲く丘」「ふるさと」)の歌唱映像を収録。80年に出演し、ブレイクのきっかけとなったミノルタのCM映像(15秒、30秒)が収められているのも嬉しい。また、オーディオ(静止動画)として、1stアルバム『メロウ』と、ビクター時代のシングル曲の高解像度(ハイレゾ)音源(96kHz/24bit)も収録されているので、オーディオファンにも楽しみな特典といえるだろう。
なお、ブックレットには宮崎と初代担当ディレクターとの特別対談やディスコグラフィーを収蔵。宮崎が芸能界入りするきっかけを作った篠山紀信による貴重な写真も掲載されている。さらにデビュー40周年の感謝を込めた特別プレゼントとして、直筆サイン入りのフォトカードを封入。宮崎自身が、1枚ずつ手書きでサインを入れるため、特典は完全限定となる。
アニバーサリーイヤーにふさわしい、聴きどころと見どころ満載の『スティル・メロウ ~40thアニバーサリー・アーカイブス』。シティポップブームが再燃中の今こそ、ぜひチェックしておきたいアルバムだ。
濱口英樹