岩崎宏美「聖母たちのララバイ」
大晦日に放送される『NHK紅白歌合戦』に、今年デビュー50周年を迎えた岩崎宏美が出場する。紅白のステージを踏むのは実に37年ぶり15回目。注目の歌唱曲が19日(金)に発表され、岩崎宏美は「聖母たちのララバイ」を歌うことになった。それに併せて、「聖母たちのララバイ」のライブ映像が公開された。1986年10月21日にエジプト・カイロ、ピラミッド前特設ステージで開催されたもの。また、今年3月に発売されたデビュー50周年記念のDVD6枚組BOX 『HIROMI IWASAKI 50th TBS Special Collection』でも、『ザ・ベストテン』で歌われた「聖母たちのララバイ」の各回の場面を見ることが出来る。歌唱力抜群の岩崎宏美だからこその魅力に溢れた屈指の名曲が様々な形で甦る。
オーディション番組『スター誕生!』で合格した後、1975年4月に「二重唱(デュエット)」でデビューした岩崎宏美は稀に見る実力派のアイドルとして、作詞・阿久悠、作曲・筒美京平のゴールデンコンビによる作品を堂々と歌った。第2弾の「ロマンス」で人気を決定付けると、『日本レコード大賞』などの新人賞を席巻し、『第26回NHK紅白歌合戦』に紅組のトップバッターとして初出場を果たしたのだった。さらに翌年も、第48回センバツ高校野球大会の入場行進曲に選ばれた「センチメンタル」、当時流行っていたディスコミュージックのフレーズが巧みに採り入れられた「ファンタジー」とヒットを連ねる。

8作目まで阿久悠×筒美京平コンビの作品が続いた後も、疾走感に満ちた川口真の傑作「熱帯魚」や、三木たかし作曲による初のバラード「思秋期」、そして久しぶりに阿久×筒美コンビが手がけた「シンデレラ・ハネムーン」 などで着実に実績を重ねてゆく。安定した歌唱力で徐々に円熟味を増す中、作品の傾向もより大人っぽくなり、かつてジャッキー吉川とブルーコメッツが歌った曲のカバー「すみれ色の涙」をヒットさせた頃には既にアイドル枠から脱却していた感がある。その完全なる転換点となったのが、1982年5月21日に発売された28枚目のシングル「聖母たちのララバイ」である。
もともとは日本テレビの2時間ドラマ枠『火曜サスペンス劇場』のエンディングテーマとして、放送用の1コーラスのみが作られた曲であったが、実際に放送されると視聴者からレコード発売を要望する声が殺到する。そこで局が実施したのは、抽選でカセットテープをプレゼントする企画。200本の当選者に対して、応募数が35万通を超えて関係者を驚かせたそうだ。当時大阪の『MBSヤングタウン』の火曜日のレギュラーだった岩崎はドラマをリアルタイムで見ることはなかったというが、毎週ラジオ放送のために最終便で伊丹空港へ向かうとサラリーマンから声をかけられる機会が多くなり、企業戦士のための歌でもあることを実感したという。
そんな経緯があってリリースに至ったシングルだった。発売後すぐにチャート1位を獲得し、年間チャートでも3位を記録するミリオンヒットとなる。原曲が外国曲であったことの規定から『日本レコード大賞』は審査外にならざるを得なかったものの、『第13回日本歌謡大賞』の大賞を受賞したのをはじめ、各音楽賞受賞の栄誉に浴している。
凄惨なシーンもあるサスペンスドラマが幕を閉じた後に荘厳なメロディーと清らかな歌声で一切が浄化されつつ余韻を残して番組が終わってゆく。毎回その儀式のような役割を担っていた「聖母たちのララバイ」は、なんといっても山川啓介の詞が出色である。設定やストーリーが全く異なるそれぞれのドラマのエンディングにもこれ以上ないくらい填まって説得力を持つ曲はそうそう作れないだろう。曲は、映画『ファイナル・カウントダウン』の劇中BGMからインスパイアされ、木森敏之とジョン・スコットの連名になっている。木森自身によるアレンジがまた素晴らしい。レコーディング時はまだ23歳だったという岩崎の年齢にも驚かされる。
あれから43年。デビュー50周年、そして昭和100年を迎えた年の締めくくりに、今やポップスシンガーの重鎮となった岩崎宏美の円熟の歌声が聴けるのは感慨深い。自身が聖母となって慈愛に満ちた歌声で会場と視聴者を暖かく包み込んでくれるに違いない。今年の紅白歌合戦のステージは絶対に見逃せないのだ。
TEXT:鈴木啓之(アーカイヴァー)
