松尾和子の魅力「心構えは変らず」
“ムード歌謡の女王”として昭和歌謡の世界に大きな足跡を遺した松尾和子。2026年1月30日にはBSテレ東『武田鉄矢の昭和は輝いていた』にて松尾和子特集がオンエアされる。そんな松尾和子がデビューから13年経ったときに自らの歌手人生を振り返っていたコメントがある。題して「心構えは変らず」。
ビクターからデビューする以前、私は約8年間ジャズを歌っていたんです。ナイト・クラブで歌っていましたが、フランク永井さんがよく聴きに来てくださいました。ある日、吉田正先生をお連れになったんです。「ぜひ歌を聴いて貰いたい歌手がいるから」ということだったようです。ですから、ビクターの専属になったのは、フランク永井さんを仲立ちとして吉田先生に直接スカウトされたのがきっかけです。そして『グッド・ナイト』『東京ナイト・クラブ』という曲をいただいてデビューすることになったんですよ。
ジャズから歌謡曲に変わるということについては、別段異質のものという感じはもちませんでした。でも、日本語を歌い上げることのむずかしさをつくづく味わいました。特に吉田先生は日本語のアクセントを大事にして作曲なさる方ですから、その点ではかなり厳しかったですね。私は自分の国の言葉の響きとかニュアンスの微妙なところをその時に再認識しました。ジャズの場合、ある程度自分のフィーリングで歌い方に変化をつけることができます。それに「愛してる」とか「キッスして」「抱いて」というのを英語で歌う場合、抵抗なく歌えます。ところが、日本語で「キッスして」「抱いて」と歌う場合、下手をすると嫌らしくなりがちです。そうかといって、さらりと歌うと感情がこもりません。譜面どおり歌いながら、歌の心をどう表現するかが、私のデビュー以来の課題みたいなものです。
『情熱』『夜がわるい』『再会』『誰よりも君を愛す』…私はいい曲に恵まれました。例えば『再会』という歌は、私は毎日のようにもう11年間も歌っているわけです。監獄をテーマにした歌ですけれど、特異なテーマを超えて男と女の離れて暮す悲しさ、切なさみたいな普遍性を表現して初めて歌になるんです。11年間も同じ歌を歌っていれば大概飽きてきます。でもそんな気持に甘えてはいられません。譜面通り歌って常に新しさを出してゆくのはなかなか困難ですが、今でもデビューの時からの心構えは変っていません。
ですから私は、『誰よりも君を愛す』でレコード大賞をいただいた年が一番苦しかったですよ。それに恥じないだけの歌を以降は歌わなきゃならないんですからね。一人でも私の歌を聴いて下さる人がある限り、初心に帰って私は歌い続けます。
(1972年発売 LP全集『オリジナル原盤による 昭和の歌・戦後篇』の解説書より引用)

昨年来、松尾和子初期のアルバム作品『夜のハスキー』の配信が開始された。その後もファンからのリクエストに応え、LPアルバム作品の配信復刻が進んでいる。2026年1月には6作品が配信アルバムとして登場した。特に、1982年発表の『1950年代 思い出のジャズ・ヒット』はジャズ歌手時代の恩師であるレイモンド・コンデと共演し、カセットテープのみで発売された貴重作。“ジャズ・シンガー”松尾和子の魅力も楽しめる逸品である。
今後も貴重な音源の復刻が予定されているので乞うご期待!
1950年代 思い出のジャズ・ヒット(4曲でレイモンド・コンデと共演)