本田隆「十代の刹那は永遠となり、僕らの心に刻み込まれる。~BLACK CATS 40周年に寄せて~」
80年代初頭、ヒョウ柄にドクロのマークの長財布は全国の不良少年の憧れだった。あのドクロのマークをジーンズのヒップや学生服のボンタンからチラリとのぞかせるカッコよさが不良少年の共通認識だった。
この時代の空前のフィフティーズブームの震源地、当時原宿に二店舗を構えていたクリームソーダには、この財布を目当てに朝早くから大勢の修学旅行生が押し寄せていた。真っ暗な店内には、学生服を着た修学旅行生、代々木公園脇のホコ天で踊っているローラー、最先端のモードで身を包むファッション業界の人たち…様々な人種が入り乱れていた。リーゼントの店員たちはみんな優しかった。爆音で鳴り響くネオロカビリーと甘いグリースの香りが充満した店内。この店に一歩足を踏み入れた瞬間が、僕にとって人生最大のカルチャーショックだった。
81年7月21日、クリームソーダの勢いがピークに達すると同時に、この店で結成されたブラック・キャッツはエディ・コクランのカバー「ジニー・ジニー・ジニー」でレコードデビューを飾る。ジャケットに映る6人のメンバーはブライアン・セッツァーを凌ぐほどのヴォリュームで黒髪艶やかなリーゼント。色彩鮮やかなクリームソーダの服を身に纏っていた。その格好良さと言ったら!ブラック・キャッツは紛れもない、”カリスマ店員”だった。
ファーストシングルに続きその2か月後にリリースされたアルバム「CREAM SODA PRESENTS~BLACK CATS~」は、その名の通りクリームソーダから僕らファンへのプレゼント。お店の世界観が音となって凝縮されていた。
ブラック・キャッツのサウンドには、音だけじゃない、香りや色彩、スタイルがあった。それは、あの店内に漂う甘いグリースの香り、ハワイアンシャツにプリントされたトロピカルな南国のデザインのような色彩、日本の音楽シーンのどこにも属さない原宿メイドの媚びないスタイルだったりする。そして、十代にしかかからない魔法のように僕の身体に沁み込んでいった。
十代でかかったクリームソーダとブラック・キャッツの魔法はいくら年を重ねてもやすやすと覚めるものではない。その証拠に、ブラック・キャッツが6人編成のバンドとしてビクター時代にリリースした3枚のアルバムはいまだに売れ続けている。
デビュー当時、楽器の初心者だった6人の不良少年は、飽くなき探求心で音楽を開拓、同時に目を見張るような演奏技術の進化で3枚のオリジナルアルバムを残す。
「CREAM SODA PRESENTS~BLACK CATS~」から「VIVIENNE」「HEAT WAVE」への音楽的変化は、日本のロカビリーサウンドの礎になり、その多くの後進が手本となる。特に、当時アメリカNO.1のガールグループだったGO-GO’SとのUSツアーを経て生まれた「HEAT WAVE」は世界最高峰のネオロカビリーサウンドと言っても良いだろう。そして、どんなに進化を遂げても、あのキラキラしたクリームソーダの世界観を失わず、音楽、ファッション、スタイルが三位一体となって打ち出すその存在感は、あの時代で、あのメンバーでしか演じることのできなかったものであるし、その輝きは普遍的だ。
この度、リリースされるBLACK CATS「HARAJUKU BIBLE~BLACK CATS Early Times Complete Box~」では、そんな黒猫たちの当時の軌跡が2021年最新デジタルリマスターにより、音の輪郭をクッキリと再現。当時アナログ盤で聴いていた質感と、彼らがヴィンテージ楽器で奏でた音色の美しさ、躍動感をダイレクトに感じることの出来る仕上がりになっている。特にウッドベースやグレッチのホワイトファルコンと言ったロカビリーを象徴する楽器の特徴が繊細かつワイルドに打ち出されていることは特筆すべき点だ。
そして、何よりもわずか1年2か月という短い月日のなかで、彼らが何を思い、何を感じ、どのように音を追求していったのかに想い馳せながら聴いてみるのも良いだろう。クリームソーダというブランドが今もロカビリーのアイコンとして君臨し続けているように、ブラック・キャッツが遺した音も決して懐かしさで語られることはない。80年代初頭の僅かな時間の中で生き急いだブラック・キャッツは、CDの中に当時の思いが色褪せぬように、スピリットまで真空パックされている。
クリームソーダのドクロのトレードマークに記されている「TOO FAST TO LIVE TOO YOUNG TO DIE」(落ち着くには早すぎる、死ぬには若すぎる)はまさにそんなブラック・キャッツの軌跡を体現している。十代の刹那は永遠となり、僕らの心に刻み込まれる。
LSDの研究で有名になったアメリカの心理学者ティモシー・リアリー教授は当時「クリームソーダとブラック・キャッツは我々を未來に連れて行ってくれる信頼すべきタイムカプセルだ」と絶賛したが、その言葉が、40年経った今、この最新リマスターでよりリアリティを感じることになる。タイムカプセルに残された音は今の時代にも、誰も再現することのできない唯一無二のオリジナリティと輝き続けている。このロカビリーのヴィンテージが音楽が多様化した2021年現在に鳴り響くことにどれだけ価値があるか。それは聴いてみればすぐに分かると思う。
本田隆
本田隆氏プロデュース!リマインダーBLACK CATS特設ページはこちらhttps://reminder.top/monthly-2021-11-blackcats/