歌謡曲とCITY POPと山川恵津子
シティポップ・コラム

歌謡曲とCITY POPと山川恵津子

 80年代のアイドル歌謡曲とCITY POPのサウンド・プロダクションの共通点に気が付いていない人は意外と多い。例えば、松任谷由実の名盤「パール・ピアス」(1982年)は人気曲「DANG DANG」や「真珠のピアス」が収録され、オリコンアルバムチャート1位&レコード大賞受賞作品。一時はOLが必ず持っているアルバムとして不動の地位を獲得していた。そして、同じく80年代のトップ・アイドル松田聖子のシングル「赤いスイートピー」(1982年)。こちらもオリコンシングルチャート1位で、彼女の代表作といってももはや過言ではないだろう。このシングルの作編曲は松任谷由実と松任谷正隆と知っている人は多いと思うが、このシングルのバック・ミュージシャンは、実は「パール・ピアス」に参加しているミュージシャンとほぼ同じという事実は意外と知られていない。そのレコーディング・メンバーは林立夫(Ds)、高水健司(B)、松原正樹(G)、松任谷正隆(Key)、斉藤ノヴ(Perc)、Buzz(Cho)などで、当時のユーミンのレコーディング・メンバーだ。歌謡曲のサウンド・プロダクションは以外と軽視されがちだが、80年代以降、時代に鋭敏に反応するアレンジャーとスタジオ・ミュージシャンらによって、こういった先進的なサウンドが創られていく。

 その歌謡曲とCITYPOPのフィールドを縦横無尽に駆け抜け続けているのが作編曲家/ミュージシャンの山川恵津子だ。5月に書籍「編曲の美学」(発売:DU BOOKS)と同タイトルの作品集(発売:タワーレコード)が発売された。彼女は、当初ヤマハに所属し、谷山浩子や八神純子のバック・バンドに参加しながら、作編曲家としての活動を開始。現在までに1,000曲以上のアレンジと2000曲以上のレコーディングに参加している。彼女の特徴である斬新なポップ・サウンドは歌謡曲とCITY POPの両フィールドに生かされている。

 例えば、岩崎宏美のアルバム「わがまま」(1986年)。海外で和モノ・ブギ―として再評価され、Spotifyでは60万回以上再生されている「カサノバL」収録の作品として有名だが、この中のほぼ全曲アレンジを担当しているのが山川だ。「カサノバL」には、昨今、再評価の高いAB’Sのリズム・セクション岡本敦男(Ds)&渡辺直樹(B)を筆頭に、昨年から山下達郎のツアー・メンバーに加わった鳥山雄司(G)、YMOでお馴染みシンセ・オペレーター松武秀樹と山川(Key)が参加し、そのモダンなサウンドを構築している。そして、このアルバムには往年の山下達郎のリズム・セクション、青山純(Ds)&伊藤広規(B)が参加しているメローな楽曲「恋人以上」が収録されていることもつけ加えたい。

 また、「Dr.スランプ アラレちゃん」でお馴染み声優の小山茉美のアルバム「VIVID」(1985年)。音楽ライター藤井陽一が提唱する“ラグジュアリー歌謡”にて再評価されたモダン・エレクトロ・アルバムだ。最近日本に永住したクリエイターNight Tempoによるリミックス「ディスタンスの真夏」が話題になっているが、このアルバムの全曲プロデュース&アレンジも山川が担当している。この作品の参加ミュージシャンも実は豪華なラインナップで、前述の岩崎宏美のアルバムにも参加している青山、鳥山、山川に加え、山木秀夫(Ds)、村上秀一(Ds)、美久月千晴(B)、富倉安生(B)、土方隆行(G)ら手練れの面子が参加している。山川のスタイリッシュなサウンドを盤石の体制で再現していると言えよう。

 CITY POPや歌謡曲などのジャンルに拘らず、重要なのはキャッチ―なイントロだ。このイントロの良し悪しはアレンジャーの手腕に懸かっている言える。例えば、「ファッシネイション/岡本舞子」の期待感高まるイントロや思わずスキップがしたくなるほど高揚感にあふれる「漕ぎ出せ♪ショコラティエ/SAKUra」など、山川作品にはキャッチ―な導入部が多い。アレンジ面の細かい仕掛けなどは、別の場面でご紹介したいが、まずは書籍「編曲の美学」をお勧めしたい。この作品集を聴いて、一人でも多くの人が“山川マジック”に魅せられる事を愛してやまない。