フィーメル・シティポップの魅力
今回のフィーメル・シティポップ再発ラインナップ、一見してアイドルや俳優の作品が並び、これがシティポップ?と思われる方もいらっしゃるかと思う。今回の10タイトルは、普段アイドルや俳優ものと認識されている作品たちの中から、シティポップの観点から光を当て、魅力溢れる作品たちをピックアップ、新たな切り口として世に提示する、画期的な再発企画なのである。
洗練されたシティポップ・サウンドは単にそれをメインに歌うシンガーやグループのものにとどまるものではない。アイドル、俳優から、ロック、ポップミュージシャン、長いキャリアを持つ歌謡歌手等までもが、その魅力的なサウンドスタイルを身にまとい、一過性の借りものとして到底看過できない、素晴らしい、名曲、名作の数々が生み出されてきた。そしてそれらの作品の背後には、シティポップをはじめとする、日本のポップスのクォリティを高めてきた要人たちががっちりと携わっていることが多い。山下達郎、佐藤博、井上鑑、加藤和彦、新川博、鳥山雄司等々、今や海外からも熱い注目を浴びる要人たちが、それらの作品に名を刻まれている事を容易に見つけることができる。
では、今回の再発ラインナップにあるような、アイドル、俳優の作品の聴き処をひとつ。独特の個性、キャラクター性を色濃く備えたアイドルや俳優たち。作り手は、彼女達本来の魅力を損なうことなく、歌い手としての新たな魅力を引き出す、力量、手腕が、大きく問われることになる。歌い手をひき立てるために、音の匠たちによる、あの手この手を駆使した音の引き出しや、作曲、アレンジ、演奏の妙味。音に込められた匠の技の数々、時には「えっ、あの人がこんな音を!」という匠の意外な一面も。そんな魅惑の音たちでいっぱいの、彼女達の名曲、名作が、聴き手を待ち構えているのである。今回の10タイトルをはじめとして、アイドル、俳優、芸能人やスポーツ選手といった辺りの作品を散策する際はぜひその切り口から楽しんでいただければ幸いである。
さて、ビクターの豊富なカタログの中から、フィーメルシティポップ10タイトルをヒントに気になる作品たちを散策して見たい。桜田淳子は『My Dear』を。作曲を矢野顕子、小田裕一郎が手がけ、アレンジは大村雅朗というとても魅力的な布陣。矢野節にポップ〜シティポップ感のブレンドや、小田の意匠を凝らしたポップセンス等充実の一枚。松本伊代は林哲司がほぼ作曲を手がけた『風のように』を。何と言ってもオープニングを飾る「それから」はSwing Out Sisterオマージュのキラーチューン。密かに人気の一枚。伊藤つかさはその名も『オススメ!』。矢野顕子、タケカワユキヒデ等豪華作曲陣に、清水信之が才気溢れる楽しいアレンジを施したハイクォリティポップな一枚。今回の再発シリーズで解説を担当されている、藤井陽一氏提唱の『ラグジュアリー歌謡』シリーズで復刻された一枚。藤井氏監修の本『ラグジュアリー歌謡』はまさしく、歌謡の中にハイクォリティなセンスの曲たちを丹念に見つけ紹介する今回の再発の先駆けと言える名著。この本を参照して歌謡の世界のハイセンスポップを見つけるのもとっても楽しいのでオススメ!荻野目洋子は『VERGE OF LOVE』を。世界的名プロデューサー、ナラダ・マイケル・ウォルデンによるプロデュースとほぼ全曲の作曲。流石のハイクォリティ、メロウチューンぎっしりの一枚。時代的に、アイドル達がこぞって海外アーティストとコラボや、洋楽のカバーをしていた頃に生まれた名作と言える。
俳優、多岐川裕美もビクターでいくつか作品をリリース。特に代表曲「酸っぱい経験」のシングルB面で同名アルバムにも収録の「魔性の女」は和ボッサの名曲として古くから和モノ系のクラブで人気の曲。美保純のアルバム『プライベートシアター』では、「After Rain Afternoon」がおすすめ。アンニュイかつ気だるい彼女のキャラクターが出た良きメロウチューン。宮崎美子は『わたしの気分はサンガリア』のオープニングで、AORの古典「ニューヨーク・シティ・セレナーデ」オマージュの爽やかなメロウチューン「ペパーミントの風」が聴ける。小泉今日子は『今日子の清く正しく美しく』から久保田利伸のブギーチューン「NUDIST」を。Night Tempo氏によるリミックスで出会った方も多いかと。未聴の方は是非。そして、ビクターでシティポップといえば、80年代の岩崎宏美。名作『Wish』をはじめ、フロア人気の「カサノバL」収録の『わがまま』、『cinema』、『よくばり』、『Me too』等々、山川恵津子、奥慶一等が手がけ、お世辞抜きにシティポップとして高止まりの高品位作品目白押し!ぜひ、サブスク等手掛かりにチェックをお勧めしたい。その他、大地真央、鳥越マリ、声優フィールドの小山茉美、冨永み〜な、宮里久美、田中理恵、古典とも言える、ピンク・レディー イン・USAとかまだまだ語りきれない良作いろいろ。今後ビクターでどんな作品が形になるのか乞うご期待。
波多野寛昭