『ビクター・トレジャー・アーカイヴス』~シティポップの源流とも言える魅力について
流行歌・コラム

『ビクター・トレジャー・アーカイヴス』~シティポップの源流とも言える魅力について

 歌手だけでなく、作詞家や作曲家もレコード会社毎の専属制度が敷かれていた昭和30~40年代、ビクターでは御大の作曲家・𠮷田正を筆頭に、作詞家は佐伯孝夫、宮川哲夫、作曲家は渡久地政信、鈴木庸一といった作家陣がヒット曲を競っていた。その頃の歌謡曲にスポットを当てた新シリーズが『ビクター・トレジャー・アーカイヴス』である。今回は、当時若手作家としてキャリアをスタートさせ、後にフリーとなって大活躍を遂げるソングメーカーたち、作曲家のいずみたく、山下毅雄、作詞家の山上路夫の3人がビクターに籍を置いていた時代の初期作品が、それぞれ2枚組CDにまとめられた。各盤共に全40曲を収録。よく知られたヒット作以外にも、初CD化となる貴重な音源も多数収められた画期的な作品集となっている。

 各盤のラインナップを眺めてみよう。まずは今年2022年が没後30年にあたるスタンダードナンバーの王者、いずみたく篇から。10曲が初CD化になるという。ディスク1では、とにかく作品数が膨大なフランク永井の隠れた佳曲「夜」や、まだまだ未復刻作品が多い松尾和子の「幸福すぎて」「幸福を胸に」はいずれも初CD化。後の朱里エイコの、田辺エイコ時代の作品がまとめられているのも有難い。いずみの事務所、オールスタッフに所属していた頃のいしだあゆみの初期音源も複数聴ける。伊藤アイコの「ラッキーセブン」はタイトル通り、聴くことが叶ったのがラッキーな珍品。ディスク2には、なかなか復刻の機会に恵まれなかった鰐淵晴子のレア曲が収められている一方で、沢たまき「ベッドで煙草を吸わないで」や佐良直美「いいじゃないの幸せならば」といったお馴染みのヒット曲も。MIYAKOのデビュー曲「愛のディンドン」は、ピンキーとキラーズ「素適な恋」のカバーで、岩谷時子自らが詞を書き替えた作品。今回初CD化となった。映画『恋の大冒険』ファンには堪らないプレゼントだ。

 続いては、1962年に「七人の刑事」で第4回日本レコード大賞の新人作曲賞を受賞してから60年を数える山下毅雄篇。実に30曲が初CD化となる。ディスク1にテレビ関連と歌謡曲、ディスク2が童謡系という構成になっており、ディスク2は20曲中19曲が初CD化の快挙。ディスク1はオープニングに相応しい「七人の刑事」のテーマ曲で始まる。ここでもフランク永井、松尾和子の名が並ぶ。山崎唯「トッポジージョのワン・ツーかぞえうた」や、森光子「時間ですよ~東京下町あたり」は昭和のテレビっ子にとって、思わず頬が綻んでしまう選曲である。ドラマ『恋は大吉』の主題歌だった市丸「キチ・きち・吉」もとりわけ印象深く、山下らしいトリッキーな一曲である。

 そして、出世作となった大ヒット曲「世界は二人のために」から55年となる山上路夫篇。初CD化は21曲にも及ぶ。一曲目はフランク永井から。満遍なく様々な作家の作品を歌いこなしていたフランクは偉大なり。音羽悠子「苺がたべたァい」はこの時代にしてはずいぶんとファンシーな逸品で、山上の幅広い仕事ぶりが窺われる。かつてサザンオールスターズの原由子がカバーした渚エリ「東京タムレ」が山上の作品であったことを改めて認識させられた。平尾昌章、橋幸夫、水谷良重・・・登場する歌手の顔ぶれもバラエティに富んでいて楽しい。

年齢差があり感性も異なっていたであろうベテラン作曲家たちとのコラボはきっとやりづらかったに違いないが、そこを巧みに着地させている手腕はさすが。ディスク2にはフォーク調の作品も多く、持ち前のヒューマニズムあふれる作風も既に垣間見られる。かの「大阪ラプソディー」も山上の作であったとは!

 その後、フリー作家の時代となり、中村八大や宮川泰、さらに若手となる阿久悠や筒美京平らも台頭して歌謡曲の黄金時代が訪れる。洋楽をベースとしたそれらの洗練された作品を存分に浴びて音楽界に参入していったさらに次世代の作家こそが、現在熱く支持されているシティポップの作り手たちということになる。歴史はすべて繋がっているわけで、今回まとめられた作品群があった上での後のJ-POPへと連なる流れ。そういった意味でも、錚々たる職業作家たちが紡いでいたこの時代の魅力ある歌謡曲は、シティポップの源流ということになるのではないだろうか。

 今後も続いて欲しいこのシリーズ、次は作曲家・鈴木庸一篇を切に望む次第。スマイリー小原とスカイライナーズのピアニストから独立し、渡辺マリ「東京ドドンパ娘」や青江三奈「伊勢佐木町ブルース」など、ラテン・ジャズ風味のモダンな歌謡曲を大ヒットさせながら、未だ作品集が編まれたことがない作家のひとり。音楽の聴かれかたが著しく変化している昨今、サブスクの便利さはよしとしても、それだけで満足している場合ではない。歌謡曲の世界はもっともっと奥が深いのだ。

(鈴木啓之=アーカイヴァー)