名匠が愛した歌姫が監修・選曲した音楽ファン待望の作品集
生涯で手がけた作品はおよそ3,000曲。シングル盤の総売り上げ枚数は歴代1位の約7,600万枚――。日本のポピュラー音楽史上最大のヒットメーカーとして、1960年代から活躍を続けてきた作編曲家・筒美京平が旅立ったのは2020年10月7日。その偉業を称える声は日を追うごとに高まっている。
筒美を特集した番組が放送される一方、関連書籍やCDの発売も相次いでいるが、没後1年にあたる2021年10月20日、音楽ファン待望の企画がリリースされた。名匠から惜しみない愛情を注がれた歌姫・岩崎宏美が自ら監修・選曲を手がけた『筒美京平シングルズ&フェイバリッツ』である。
オーディション番組『スター誕生!』(日本テレビ系)を経て、1975年4月25日にビクターからデビューした岩崎は当時16歳。『スタ誕』の審査員でもあった声楽家・松田トシに師事した本格派シンガーとして、早くから周囲の期待を集めていた。デビュー曲「二重唱(デュエット)」は作詞:阿久悠、作曲:筒美京平、編曲:萩田光雄という強力な布陣。“天まで響け!!岩崎宏美”のキャッチフレーズに違わぬ伸びやかな高音と美声が生かされたアップチューンでスマッシュヒットを記録した。
その岩崎のデビューにあたって、筒美は以下のメッセージを寄せている。
「岩崎宏美は、その“抜ける”声質で久々に私の創作意欲をかきたててくれた新人です。とくに高音の、のびのすばらしさは天性の豊かさで、聴く人に大器ぶりを予感させます」
生涯、裏方に徹し、めったに歌手や作品に関する発言をしなかった筒美にしては珍しいこと。それだけ岩崎宏美という逸材に惚れ込んでいた証と言えるだろう。
その筒美は74曲ものオリジナル曲を岩崎に提供。女性歌手では太田裕美、南沙織と並ぶ多さだが、筒美が生涯こだわったとされるヒットを前提としたシングルA面の作品数では最多の18曲を書き下ろしている。今回の企画では、Disc1にそのシングルA面全18曲をコンプリート。Disc2には傑作揃いと言われるカップリング曲やアルバム曲の中から厳選された19曲が収録された。以下、その詳細をディスクごとに記したい。
まずヒットシングルを網羅したDisc1はデビュー曲「二重唱(デュエット)」からリリース順に収録。当時、米国で流行り始めていたヴァン・マッコイなどのディスコミュージックを応用した「ロマンス」や「センチメンタル」はともにチャートの1位を獲得し、岩崎に数々の新人賞をもたらした。高度なリズム感を必要とする筒美の楽曲を持ち前の歌唱力で歌いこなした岩崎は2年目以降もヒットを連発。76年に発表した4枚のシングル「ファンタジー」「未来」「霧のめぐり逢い」「ドリーム」はいずれもトップ5に入る好セールスで、実力派アイドルの評価を確立する。その陰には洋楽のコードや最新サウンドを採り入れつつ、日本人にも馴染みやすい歌謡曲に仕上げる、筒美ならではの「匠の技」があった。
「想い出の樹の下で」(77年)まで8作連続でシングルA面を手がけた筒美は一旦プロジェクトから離れるが、「シンデレラ・ハネムーン」(78年)で1年半ぶりに再登板。映画『サタデー・ナイト・フィーヴァー』の爆発的ヒットで世界的なディスコブームが到来していた当時、ミュンヘンサウンドを応用した同作は初期ディスコ路線の集大成的なシングルとなる。その後は1作ごとに曲想が変わり「さよならの挽歌」(78年)、「春おぼろ」(79年)ではエレガントで抒情的な路線にシフト。80年代に入ると多彩なメロディで構成される「スローな愛がいいわ」(80年)、AOR歌謡の「女優」(80年)、R&B調の「素敵な気持ち」(83年)、フレンチポップス風の「真珠のピリオド」(83年)など、岩崎の新たな魅力を訴求する楽曲が次々と繰り出された。
筒美はその後も10周年記念曲「未完の肖像」(84年)や、『火曜サスペンス劇場』(日本テレビ系)のエンディングテーマとなった「夜のてのひら」(86年)、デビュー25年目に制作された「許さない」(99年)など、大人になった岩崎にふさわしい楽曲を折に触れて提供。Disc1を通して聴けば、16歳の少女歌手が円熟した歌声を聴かせるボーカリストに成長するまでの過程を追体験することができるだろう。
一方、シングルのカップリング曲やアルバム曲で構成されたDisc2は岩崎自身が選曲を担当。どの曲にも思い入れがあるため絞り込むのは至難の業だったというが、「当時の岩崎宏美を知らない世代にも聴いてもらいたい」という視点で19曲がセレクトされた。
そのDisc2でまず目につくのは「月見草」「私たち」「パピヨン」など、今もコンサートで歌い継がれるカップリング曲。シングルA面にしても遜色ない作品ばかりなのは、筒美がそれだけ岩崎のプロジェクトに力を入れていたからだろう。さらに注目したいのは全曲筒美の作品で構成された7thアルバム『パンドラの小箱』(78年)と9thアルバム『WISH』(80年)から4曲ずつが収録された点である。
前者は“京平ディスコ”の頂点を極めたアルバムで、筒美は1曲を除き編曲も担当。演奏陣としてクレジットされた“Dr.ドラゴン&サウンド・オブ・アラブ”は筒美をDr.ドラゴンとするプロジェクト名で、林立夫(ドラム)、松原正樹(ギター)、後藤次利(ベース)、佐藤準、坂本龍一、渋井博(キーボード)、斎藤ノヴ(パーカッション)という、超一流のメンバーが参加していた。2020年にマルチチャンネル仕様のSACDがリリースされるなど、今も人気を集める名盤である。
後者は岩崎にとって初の海外(ロサンゼルス)録音盤。現地のミュージシャンを起用して、ウエストコースト系のAORサウンドで統一された同作は近年のシティポップブームで再び評価を高めているが、収録曲の「Wishes」は筒美のピアノと岩崎の歌だけで同時録音された想い出の1曲。Disc2の締めくくりに配されたことからも特別な作品であることがお分かりいただけるであろう。ちなみに今回の企画のジャケット写真はその『WISH』の歌詞カードに掲載されたレコーディング写真のアナザーカットを使用している。
なお、初回限定盤付属のスペシャルDVDには83年のリサイタルで披露された筒美京平メドレー(センチメンタル~未来~ファンタジー~私たち)の貴重映像を収録。さらに、筒美との想い出を語る岩崎の最新インタビュー映像も収められているので、こちらも要注目だ。
稀代の作曲家と、日本を代表する歌姫が生み出した珠玉の作品群――。本企画を手にすれば、いずれも時代を超えて人々を魅了する至高のポップスであることを体感していただけるに違いない。
濱口英樹
●商品概要
2021年10月20日(水)発売
VIZL-1960(初回生産限定盤:2CD+DVD)3,850円(税込) *スペシャル・プライス
VICL-65584~85(通常盤:2CD) 2,970円(税込) *スペシャル・プライス
監修・選曲:岩崎宏美 / 2021年最新リマスタリング
岩崎宏美本人によるセルフライナーノーツ収録/解説:濱口英樹/歌詞付
CD/Disc1:シングルズ(曲名/オリジナル発売日/収録盤/作詞/作曲/編曲)
・筒美京平が岩崎宏美に提供したシングルA面全18曲を全て収録
(1)二重唱{デュエット} 1975/4/25 1st Sg 阿久 悠/筒美京平/萩田光雄
(2)ロマンス 1975/7/25 2nd Sg 阿久 悠/筒美京平/筒美京平
(3)センチメンタル 1975/10/25 3rd Sg 阿久 悠/筒美京平/筒美京平
(4)ファンタジー 1976/1/25 4th Sg 阿久 悠/筒美京平/筒美京平
(5)未来 1976/4/25 5th Sg 阿久 悠/筒美京平/筒美京平
(6)霧のめぐり逢い 1976/8/1 6th Sg 阿久 悠/筒美京平/筒美京平
(7)ドリーム 1976/11/5 7th Sg 阿久 悠/筒美京平/筒美京平
(8)想い出の樹の下で 1977/1/25 8th Sg 阿久 悠/筒美京平/筒美京平
(9)シンデレラ・ハネムーン 1978/7/25 14th Sg 阿久 悠/筒美京平/筒美京平
(10)さよならの挽歌 1978/11/5 15th Sg 阿木燿子/筒美京平/筒美京平
(11)春おぼろ 1979/2/5 16th Sg 山上路夫/筒美京平/筒美京平
(12)スローな愛がいいわ 1980/1/21 19th Sg 三浦徳子/筒美京平/萩田光雄
(13)女優 1980/4/5 20th Sg なかにし礼/筒美京平/筒美京平
(14)素敵な気持ち 1983/2/21 30th Sg 康 珍化/筒美京平/萩田光雄
(15)真珠のピリオド 1983/6/5 31st Sg 松本 隆/筒美京平/萩田光雄
(16)未完の肖像 1984/5/21 34th Sg 阿久 悠/筒美京平/萩田光雄
(17)夜のてのひら 1986/10/21 41st Sg 来生えつこ/筒美京平/武部聡志
(18)許さない 1999/3/3 53rd Sg ドリアン助川/筒美京平/山本健司
CD/Disc2:フェイバリッツ(曲名/オリジナル発売日/収録盤/作詞/作曲/編曲)
・筒美京平が岩崎宏美に提供したアルバム曲を中心に、岩崎自身が思い出深い楽曲を19曲収録
(1)月見草 1975/4/25 1st Sg C/W 阿久 悠/筒美京平/萩田光雄
(2)私たち 1975/7/25 2nd Sg C/W 阿久 悠/筒美京平/筒美京平
(3)涙のペア・ルック 1975/9/5 1st『あおぞら』 阿久 悠/筒美京平/筒美京平
(4)パピヨン 1976/1/25 4th Sg C/W 阿久 悠/筒美京平/筒美京平
(5)キャンパス・ガール 1976/2/10 2nd『ファンタジー』阿久 悠/筒美京平/筒美京平
(6)愛よ、おやすみ 1976/2/10 2nd『ファンタジー』ちあき哲也/筒美京平/筒美京平
(7)愛の飛行船 1976/7/25 3rd『飛行船』 阿久 悠/筒美京平/筒美京平
(8)わたしの1095日 1977/1/25 8th Sg C/W 阿久 悠/筒美京平/筒美京平
(9)南南西の風の中で 1978/7/25 14th Sg C/W 阿久 悠/筒美京平/筒美京平
(10)媚薬 1978/8/25 7th『パンドラの小箱』阿木燿子/筒美京平/筒美京平
(11)ピラミッド 1978/8/25 7th『パンドラの小箱』 橋本 淳/筒美京平/筒美京平
(12)カンバセーション 1978/8/25 7th『パンドラの小箱』 橋本 淳/筒美京平/筒美京平
(13)L 1978/8/25 7th『パンドラの小箱』 阿久 悠/筒美京平/筒美京平
(14)恋人たち 1979/3/5 カバーAl『恋人たち』 阿木燿子/筒美京平/筒美京平
(15)五線紙のカウボーイ 1980/8/5 9th『WISH』 橋本 淳/筒美京平/筒美京平
(16)Sympathy 1980/8/5 9th『WISH』 なかにし礼/筒美京平/後藤次利
(17)Street Dancer 1980/8/5 9th『WISH』 橋本 淳/筒美京平/筒美京平
(18)生きがい 1983/7/21 13th『私・的・空・間』 有馬三恵子/筒美京平/萩田光雄
(19)Wishes 1980/8/5 9th『WISH』 橋本 淳/筒美京平/筒美京平
Special DVD【初回生産限定盤のみ】 (曲名/オリジナル発売日/収録盤/作詞/作曲/編曲)
- 筒美京平メドレー 1983/10/16
・センチメンタル 阿久 悠/筒美京平/小野寺忠和
~未来 阿久 悠/筒美京平/小野寺忠和
~ファンタジー 阿久 悠/筒美京平/小野寺忠和
~私たち 阿久 悠/筒美京平/小野寺忠和
*2007年12月27日発売BOXセット「岩崎宏美 ROYAL BOX~スーパー・ライブ・コレクション~」(VIZL-264)に収録されたDVD『’83岩崎宏美リサイタル」(VIBY-347)から収録(音声のみ2021年最新リマスタリング)
- 岩崎宏美インタビュー(筒美京平先生の思い出)※2021年撮りおろし映像/インタビュアー:濱口英樹
~筒美京平先生との出会い
~デビュー曲「二重唱」「ロマンス」などシングル曲の思い出
~全曲筒美京平作品アルバム『パンドラの小箱』『WISH』のエピソード など収録
【配信情報】配信/サブスクリプションも同時発売。